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私の体験談

東京女子医大女児死亡事件

〜「事故隠し」の体質を生む一つの要因〜

ある漫画が医療の世界に衝撃を与えている。佐藤秀峰作『ブラックジャックによろしく』(講談社)。主人公である若き研修医の目を通し、大学病院の体質ひいては現代日本医療の闇をセキララに描いた問題作だ。インフォームド・コンセント*1などあってなきがごとし、手術に対する不安を訴える患者に対して「嫌なら出ていけ」とどう喝する主治医。物語自体はフィクションであるが、監修に医療関係者が名を連ね、医療系大学の講師が「よくここまで書いてくれた」と推薦文を寄せているのをみれば、描かれている内容が現実を鋭くえぐっているのは確かだ。

だが、事実は小説よりも奇なり。先日ついに逮捕者を出した東京女子医大病院の医療過誤事件は、現場における事故隠しの詳細が明らかになるにつれ、だれしも背筋に寒いものを感じざるをえない。

心臓手術中の人工心肺装置の操作ミス、患者の死亡、そしてミスを隠ぺいするための看護記録の改ざん。それが高度医療を提供する特定機能病院*2で発生したことが、事態をより深刻にしている。特定の権威を付与された組織が実にお粗末な「犯罪」に手を染め、それゆえに社会不安を一気に引き起こすという構図は、HACCP*3の認定を受けていた雪印乳業の一連の事件を思い起こさせる。

厚生労働省は2001年に医政局において「医療安全推進室*4を設け、2001年を「医療安全推進年」と位置付けた。同時に12回にわたり「医療安全対策検討会議」を実施し、患者の安全を守るための医療関係者による共同行動(ペイシャント・セーフティ・アクション)を呼び掛けている(皮肉なことに、この医療安全対策検討会議の委員に東京女子医大の名誉教授の名もみえる)。

ちなみに、東京女子医大病院の事故が発生したのは2001年3月であり、行政が医療事故防止に力を注いでいる最中、重大な事故、しかも事故隠しという犯罪行為が行われていたことになる。

2002年5月、検討会議の結果を受け医療安全総合推進対策というマニュアルがまとめられ、HP上でも公開されている。サイト上では、医療ミスにかかわる事例をアクシデントとインシデントという言葉で分類している。前者は医療事故に相当するもので、後者は医療ミスが患者に影響を及ぼすに至らなかったケース(現場では「ヒヤリ・ハット*5などと呼ばれている)。

問題なのは、両者の定義が「患者に影響を及ぼしたか否か」という結果論で区切られていることだ。周知の通り人間の健康状態については、プロでも因果関係を特定できない事例であふれている。ましてや素人である患者にはなかなか判断はできない。結果論で事故の有無を区切ってしまうことが、病院側をフリーハンドにし、事故隠しの体質につながってしまうのではないか。今回の事件をみていると、特にそういう思いが強くなる。

(医療・福祉ジャーナリスト 田中 元)

2002.07.09

*1インフォームド・コンセント(informed consent)

インフォームド・コンセントは、医療過誤裁判における裁判規準とした法理の名称である。インフォームド・コンセントは、患者個人の権利と医師の義務という見地からみた法的概念である。医師が業務上知りえた患者の個人的情報について医師は守秘義務があり、患者には医療上の自己の真実を知る権利があるので、医師には個々の患者が理解し納得できるように説明する義務がある。医師は病状を説明するだけではなく、検査法や治療法に複数の選択肢をつけ、それぞれの効果や優れている点のみならず、予後への影響や欠点、さらに生命への危険性まで説明して、患者が比較検討して自分が受けたいと思う治療法を自主的に判断して選択できるようにしなければならない。患者には医師が説明した選択肢の中から自主的に選択する自己選択権があり、自分が選んだ検査や治療を受けるために必要な医学的侵襲を医師が自分の身体に加えることに同意する権利とともに、同意する責務がある。もし、患者の同意なくして患者に医学的侵襲を加えれば、医師であっても故意の傷害を加えた違法行為になるが、患者の自主的な同意があれば、その違法性が阻却されて合法的に医療を行うことができる。患者の「同意」にはこのような法的意義があり、患者が同意書に署名捺印する行為と同義ではないのである。患者が説明を理解して選択することの重要さから「インフォームド・チョイス」が最も重要という意見があるが、同意が最重要である。

*2特定機能病院

新しい構想の病院タイプのひとつ。これまでの区分は一般、結核、ハンセン病などというように病種で分類されていたが、現状は大多数が一般病院であり、入院用ベッド数20床以上が「病院」、19床以下が「診療所」と2つに区分されているだけである。厚生労働省(厚生省)は、患者の実態に即して病院を3つのタイプに分類し、従来の治療を担当する「一般病院」と、生活習慣病・老人病など3カ月以上の長期入院を主とする「療養型病床群」のほかにさらに、新たな高度先端医療に対応する「特定機能病院」の3つに区分し機能別に体系化した。1948(昭和23)年に制定された医療法(Medical Service Law)は、45年ぶりに抜本的な改正が行われ、1993(平成5)年4月に施行されたが、そのなかでこれまでの病院区分の見直しとして、この特定機能病院が誕生した。

*3HACCP(ハセップ)(Hazard Analysis and Critical Control Points)

宇宙食の安全性確保のためにアメリカで考案された手法で、材料の仕入れから商品の出荷までの工程ごとに温度や湿度、洗浄方法や作業員の動きにまで詳細なマニュアルを設けて管理を徹底するのが特徴。安全性が高く、万一の場合にも汚染源を特定しやすい。日本では1998(平成10)年7月に「HACCP手法支援法」が施行されている。雪印大阪工場はHACCPの認定がはずされ閉鎖になった。

*4厚生労働省「医療安全推進総合対策」について

http://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0110/tp1030-1z.html

*5ヒヤリ・ハット

患者に傷害を及ぼすことはなかったが、日常診療の場で"ヒヤリ"としたり"ハッ"とした事例